心の鍛え方

16歳の当時、自分はとても過敏な子供であったと思います。
考えるというのは主に頭を使うものだと思いますが、その当時の私は頭ではなく体全体がアンテナのようなものであり、大層傷つきやすい子であったかな、と。

そんな時期、彼女と出会いました。
彼女は当時、某業界でちょっと名の知れ始めた方で俗に言う「みえる人」でありました。
何を思ってか、そして何を書き連ねたか今となっては忘却の彼方ですが彼女に手紙を書いたのがきっかけでありました。(もちろん出版社宛て)
彼女は私の手紙を読んだ時のことを回想してこう言いました。

「何かこう、キーンと冷たい何か、すごい気になって返事を書いたのよ」

一緒に人生勉強しましょうか?という彼女の返事を手に、それから定期的に彼女と文通が始まりました。
※彼女の仕事は‘あっちの世界‘が原因で悩む人々の救済で、それを某雑誌に掲載するというもので当然編集者は私の手紙などネタにならぬ、と言い放ったようですが彼女は個人的にお相手してくれたそうです。

高校生ですから、いろんな興味も悩みもあるわけで。
感じたままのことを手紙に書いて(もちろん返信用の切手も同封)送ると、彼女は必ず返事をくれたものでした。
そんな彼女に実際会いに行ったのは高校卒業の時、幼なじみが彼女の居住地近くに住んでいるということもあり2年の文通の後、ドキドキしながら会いに行ったわけです。
今も昔も多忙さは変わらず、忙しいなか私を招いてくれいろいろな話をしましたか、詳細はもう忘れてしまいましたが(老)

ただ、彼女の一般的には理解されにくい能力について、要はその手の世界について質問する勇気がなく、そして逆に彼女の理路整然とした物事に対する解釈の仕方に大変驚いたことを思い出します。
彼女の元には多いときで日に何百通という相談の手紙が送られてくるといいます。
(その中のひとつは私からの他愛の無い手紙だったりもしますけど)
彼女曰く、大半は気の持ちようって感じの悩みであって多くの相談者には病院やカウンセリングを勧めるしか仕方ないものばっかり、と。
要は仕事のネタにできるのは1割もないそうで。(その1割で多忙を極めてるわけなんで、相当な数の相談が押し寄せていたと思います)
私も子供なりに「彼女を煩わせたくない」という思いでいたのは確かです。

彼女とはその後も何度か会ってお泊りさせていただいたり、辛いタイ料理をご馳走になったり(超辛党よ)してます。
23歳の時には「目を覚ましなさい」と優しく叱咤激励されたこともありました。
ま、生きてる上で人間はいろんな経験を積みますね。
そこで学ぶか、道を外れたままとんでもない方向へ行ってしまうか、私はお陰さまで軌道修正したと思ってますけど。(別にぐれてたわけじゃないですが)
海外に出て、しばらく忙しく音信普通の時期もありましたがそれでも電話で話したりすることはありました。
海外に出て2年目で久しぶりに彼女に会いに行き、ルームメイトの件で悩んでいるという話をしたとき、彼女なりの見方で、適切なアドバイスをしてくれました。
彼女の見方、それはたぶん特定の人物について話をすると「見える」んでしょうね。笑

今年、自分の身に降りかかったことについて実は今もまだ尾を引いている件があります。
人間というのは死んだ人間よりも生きてる人間の方が何倍も怖い、と彼女はいつも言ってます。
※彼女の専門は前者ですが。
本当に自分でも精神的にギリギリかな、と思うことがあり彼女に電話をしてみました。
先回彼女と話したのは4月末、その時に日本は不景気だから海外で頑張りなさい、と声をかけていただいておりました。
その後の自分の生活の変化と厄介ごとについて話しまして、現実的な面とあっち方面での対処の仕方を教えてもらいました。
最後に、「これでひとつ学んだと思って頑張りなさい」と。

厄介ごとの主要人物については絶対に会わないように、会うことになったら必ず第三者を伴うように、といわれました。
これはあっち方面の話か分かりませんが、常識的に考えてもその通りであります。
とにかく会わないを前提に、遠からずして訪れるであろうその人物の転落を待つのみと。
ちなみに厄介ごとの主要人物の伴侶というのも「同類」ということで。
さすが夫婦、鍋と蓋。笑

彼女から、今の状況は長くは続かないよ、とサラリと言われとても気持ちが楽になったこと言うまでもなく。
「実は今朝ね、efendiのこと母と話してたのよ」と言われ、知らず知らずに飛ばしてたなと反省中。笑

彼女にどうしても聞いてみたかったこと、それは心の鍛え方について。
体を鍛えることはある意味とても簡単ですね、食事の管理や運動、それに気力があればいくらでもマッチョになれるでしょう。
しかし、心というものはどうなのか。
難題を目の前にいつもちびる、という私に彼女が教えてくれたのは

「苦難の時期を過ごすこと」

それが心を鍛えている、と仰っておりました。
過ぎた時間を振り返って、そうか、鍛えていたのかな、と思い返しております。
それでもね、毎回のように目の前に問題が発生すると確実にちびる、と言う自分に”人生これからだから”とも言ってましたね。
まだまだ鍛え方が足りないんでしょうか、いや、ちょっとブレイクしたい気もする(笑)

人生の浮き沈み、沈んだら後は浮かぶのみです。
自分はそういう意味で今、プライドも意地も捨てて頑張ってる最中であります。
友達や家族に支えられて生きているなぁ、と感じる今日この頃、です。
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by efendi | 2010-12-02 05:25 | Trackback | Comments(6)
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Commented by zucchini0315 at 2010-12-02 22:41
人生の師が、指南者がおられたんですね〜素晴らしい。非常に含蓄のある言葉です「苦難の時期を過ごすこと」。苦難だった結婚生活、そこからの脱却後の苦難、実母との葛藤、子育ての苦難、まだまだ修行ですが、一歩ずつでも自分が動いてるなあ、と最近しみじみ感じてます・そこへきて「苦難の時期を過ごすこと」。深い!
Commented at 2010-12-02 23:07 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by efendi at 2010-12-03 01:22
しゅうまま、そんな大げさな関係じゃないんですよ、歳も10歳ほど上なので姉のような感じでしょうか。ただ、彼女の言ってることは本当に的を得ているのですね。20年以上もの付き合いの中であっち系の話は2~3回しかしたことないですし(笑)逆に人間弱ってると非現実的なことに逃げがちですので、彼女にはいつも現実に連れ戻されるような感じです。
Commented by efendi at 2010-12-03 01:24
鍵コメさん、どうもありがとう。
お互いに付き合う年数が長いと気心が知れてますのでこうやってネットで交流が保てることだけでも心の支えでありますよ。
若くないのでお互いにいろいろと辛い経験はしてますけど、幸せボケになってない今の状況はとても素晴らしいことではないか、と思ってますよ。
Commented at 2010-12-05 20:18
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by efendi at 2010-12-07 15:02
鍵コメさん、私も同じく幾ら年齢を重ねても精神的な成長っていうものは16の当時と同じような気がしてると言うか、逆にあの当時の強さと清さは失ってるような(笑)
ただ、昔も今も「人生笑い飛ばして生きる」を実践しておりますので不幸も笑いのネタのひとつであります。人生どれだけ笑えたか、これで良い人生だったかを判断したいところですね。