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長年の友人にOという男がおります、知り合ってかれこれ18年くらいの付き合いです。
このブログにも頻繁に話題提供してる奴ですが、2013年くらいだったかに結婚、今じゃ4歳児の父。

昔っから知ってるのである程度の性格は熟知してるんですが、こやつの趣味には毎度呆れることばかり。
趣味はスポーツからファッション、車から食生活に及ぶこと全て。
※20代後半はローラースケートに夢中になって地下の駐車場でこっそりと練習して近隣住民に不審がられたり、趣味のアメ車は手をかけていた割りにあっさり事故って廃車にしたり、と結果は全て没。

さて、最近の趣味は何かというと

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土・・・。

きっかけから話すと数年前に購入した郊外の一軒家。
大変広い庭があり、購入後もリフォームばっかりでここ2年ほどでようやく家屋部分が人並みとなり、その後は庭作りに力を注いでる様子

ある日、奴の実家で母上たちと食卓を囲んでる際に、食後のデザートで皿にのった果物の皮を母上がビニール袋に詰めはじめ、帰り際に
「O(息子)、持って帰りなさい」
手土産のようふに生ごみを渡す。

どうやら堆肥作りに夢中になってることがこの時点で判明。
それから半年ほど時間が経ったある日
「お前の職場ではコーヒー(フィルター)あるか?」

あるけど、何よ。

ちょっと不審に思って追及したところ、堆肥作りについて滔々と語り始める・・・。
(画像掲載は躊躇しそうなえぐいみみずのお話)

こやつ、俗にいうミミズ堆肥というものに夢中になっておりました。
仕方なし、職場で毎日大量に廃棄されるコーヒーの出がらしを5日間溜めといてあげました。

実はこのコーヒーかす、自分の家の庭用に3日分ほど集めたことがあります。
持って帰ったコーヒーは乾燥させ、庭に撒いて猫が排泄するのを防ぐ目的があったんですね。
(我が家の庭には現在春菊があり、定期的に収穫できるようになってます)

そろそろ気温も上がりつつあり、新たに種を撒こうと思っていたのがコレ↓

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頂きもののシソの種。

出来上がった堆肥をもらうという条件で、友人Oのために3週間ほどコーヒーの出がらしを集めてあげ、先日初めて出来上がったという堆肥を頂きました。
実際に初めてこの堆肥を見て、実に豊穣な土の香りと栄養たっぷりって感じの土色に、不覚にも友人を褒めてしまいそうになる。
(ちなみにこの男、ケチなので絶対にミミズは渡さないでしょう。しっかりと土のみ選別、って要らんわミミズ)

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雨の上がった週末、柔らかくなった庭の土を耕す。
(耕すって言ってもフォークで地味に掘り返した)
アパートの共用スペースを私物化してますが、雑草抜きとゴミ拾い(マナーゼロの国なんで吸殻とかゴミが多いです)し、ささやかな家庭菜園完成。

万が一の為に別個で植木鉢にも、これは100%堆肥使用。

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春菊に続いて今年はシソも食べることができれば、夏の麺生活が充実しそうです。夢





ここまでは自分の話でしたが、問題はこの友人Oの異常なまでの堆肥に対する執着です。
この男の性格を知ってるだけに、愚問と知りつつも問わずにいられなかったのが堆肥の利用目的。
土に還りたい願望なのか、まさにイスラム教徒(土葬だから)と小ばかにしてみたんですが、肝心の利用目的は
庭の花に
なんとも、、、この生産性の無さ加減。
いつものように遠い眼差しになってしまった自分。。。

この男、結果よりも過程が大事というオタクであることを再認識しました。
ミミズと戯れ、良い土作りに夢中になること。
はたまた生ごみの収集に夢中になって本末転倒になりかねないこのオタク加減。

最近はゴミくれとひつこく、うざいので引き換えに金銭でも要求しようかと思案中です。
ちなみに、ミミズ堆肥と言えば聞こえは良いが簡単にいうと
ミミズのうん▽、ですから。笑

Oが堆肥作りに飽きちゃう日、その日は遠からずやって来るでしょう。
奴の葬式には育てたミミズと一緒に埋葬、と思います。


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先日、ある映画を懐かしく思い出し、酒の勢いもあって即ネットでレンタルしてしまいました。

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89年当時、好きな作品としてビデオも購入した記憶あり。(現在は実家の押入れで就寝中)
何度も何度も、俳優のセリフを暗記するくらい観た記憶があります。
(当時は英会話の勉強に夢中だったこともありますが、スピルバーグ作品は特に好んで鑑賞してたかも)

90年代に入り自分も生活環境がガラッと変化したこともありますけど、個人的なものじゃなく世の中の変貌ぶりが激しい時期だったなーと回想。
音楽で言えばレコードからCDへ、MDなんてものも一瞬あったなー。
映像はDVD化、今じゃビデオテープはあってもデッキが無いので押入れで寝かせるしかないわけで。
世の中のデジタル化がどんどん進んで現在に至ります。

今回レンタルして、「あ~、懐かすぃ~っ」なんて叫びながら鑑賞開始したんですが・・・。


当時丸暗記に近かった俳優たちのセリフ。

もちろん目は字幕もきちんと追うんですが、ものすごい違和感しか感じないという、、、。

作品の内容的にはとても懐かしく、今でも良い作品であると思います。
ただ、この違和感を感じさせるものは何か・・・。
それは字幕であったわけで。

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ニュアンスとか、セリフの言い回しとか、時代の変化とかいう簡単な問題ではなく、完全なる誤訳が多いという事実。
89年当時の自分の脳に、この誤訳が何の抵抗もなく受け入れられていたということにも大いにショックを受けました。
ちょっとホロ酔いでしたけどね、それでも
「え?何よ、この字幕は」
と憤るレベル。

完全なる誤訳とは何かというと名詞として俳優の発する言葉が、字幕では完全に違う名詞になってるわけ。
例えば、主人公の女性がショッピングしてる夢を見ながら寝言をつぶやくシーン。
そこで出てくる単語、字幕ではリップスティックとありますが
自分の耳にはどうしても
チョップスティック(箸)
にしか聞こえません。

鑑賞後、ゆらゆらと過去28年の歳月を行きつ戻りつ。。。
しまいには憤りさえ感じ始め「誰が翻訳したんだ」と調べ始めたところ・・・
この業界の大御所であるこの方の作品と判明。

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実に驚いたわけですが、ネットで調べると割と酷評されてること、今更ながら知りました。
大御所もかなりの高齢ですね。(でも89年当時は働き盛りだが)


自分の耳も海外生活で多少こなれた感はありますが、今回の一件はちょっとショックだったので書き記しました。
作品によってはこういう誤訳でおじゃんになってしまうものもあるでしょ。
自分自身も言葉を生業としてますので他人事ではないなー、と感じます。
(字幕関係は未経験ですが)

まー、それでも80年代は最高でしたね。(〆になってないが)
今週の「マツコの知らない世界」の放送で出演の小室を見て気分はすっかり80年代。
ブーム再炎は映画から音楽、という今日この頃。
老いたなー、自分。笑
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※80年代で検索した画像たち。
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古今東西、思い出は80年代というキーワードでごった煮状態でーす。
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今年も残すところあと僅かとなりました。

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今年2016年は私的な意味では現状維持、世情的には激動であったと振り返ります。
在住するこの国の視点でいうと、数回のテロとクーデター未遂事件などもあり、暗い事件ばかりが思い出されます。
生まれて初めて「命」の危険を感じたクーデター未遂事件は今思い起こしても暗い気持ちになります。

長い歴史を思うと、こういう激動を乗り越えて国や人は生きてきて、ある意味いまという時代はまだ平穏なのかもしれません。
人類の目指す方向、明るい未来であることを祈ります。

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それでも巷は新しい年に期待し明るさを失わない、それは本当に健気であるなーと感じます。

私的な面では現状維持ではありましたけど、良いことも悪いことも含め何もなかった一年ではありませんでした。
凹んでも前向きになれるのは、自分が若くはないけどまだ年寄ではない、ということだと思います。

年末年始は長年付き合いのある友人を訪ねます。
彼女は今年一念発起、生活を一変させ遠い街で新生活を始めました。

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都会の喧騒を離れ、穏やかな環境を求め小さな海辺の町に移住。
彼女が求めたものは心の平穏だったということで、つかの間ですが私も彼女の元でその平穏をお裾分けしていただきたいな、と。

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皆様、どうぞよいお年をお迎えください。
来年も、よろしくお願い申し上げます。

efendi


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気が付いたら秋、でした。
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猫にとっては良い季節、でしょうね。
陽だまりは猫だまり、です。

この時期、旬のヘーゼルナッツをよく頂きます。
(この国が世界の8割の生産を誇る)
職場で殻割りグッズがあるはずもなく、文房具を利用したら「ホチキスが可愛そう」とかいう声もあり。笑

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力加減で粉砕してしまう割合9。



週末の公園がベビーラッシュだったと知らず。

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まさに世代交代とはこのことか、と実感。
1年前は膝の上でトン・チン・カン3匹をあやしていたなー。遠

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子猫たちの戯れを眺め、ここ2週間ほどを振り返りました。
旅行の後、帰宅して早々友人からメッセージ。

お父様が急死されたと。。。

この国で一番死亡率の高い病名、それは心筋梗塞。
友人の父とは一月ほど前にあったばかりで、年齢は57歳。
持病もなく、元気に自転車で暴走する若々しい方でしたので、この訃報には本当に驚いてしまいました。
※発作の際の応急処置は遅くはなかったようですが、若い方の蘇生は難しいとか。

連休明けの業務後、翌日は欠勤願を出して1泊で弔問のため友人を訪ねる。(新幹線2時間半のE市)
お亡くなりになってから8日目、親類縁者も全員が帰宅して静まり返ったタイミングであり、若い友人には何ともかける言葉が見つからず傍に寄り添うのみでありましたが。

この国で、初めて身近な人の死を経験したのは2002年。
(実際には2000年にクラスメートのルーマニア人の友人が心筋梗塞でジョギング中に亡くなったと訃報を受けたのが最初)
これもまた友人の若い父上だったんですが、その時はイスラムという国の葬儀、考え方に軽いカルチャーショックを受けてしまい数日間はぼんやりすることが多かったと記憶します。

イスラムは土葬です。

日本やアメリカのような火葬は宗教上もっとも忌み嫌われ、あくまで土と水で浄化という感覚。
自分にとって朽ちていく人間の身体、しかも身近な人間のそれを思うと妙に切ない気分になってしまうんです。(今なお、ですが)

仏教徒の修行のひとつに、朽ちていく人間の身体を凝視し続ける、という苦行があると聞いたことがあります。
今では戦地やテロの現場、被災地など日常の場が既に修行の地となり得ることもありがちですが、死生観というものは自分にとって深く、なかなか解けない謎のようなものであり続けるかもしれません。



心の疲労と身体の疲労、今は軽く鼻かぜ気味です。
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秋の花は夏に比べるとしっとりとして癒されます。
(花だけ見つめて生きていきたいってのが今のキモチ)

週末は体調回復のための引きこもり。
こういう季節は焼き菓子や煮炊きがしたくなるんだなー。
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ということでメロンパン。(晩御飯のおかずにカツオの生姜煮も作ってます)
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たまーに、ですけど無性に食べたくなります。
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何度も作ると目分量でも失敗しない神の域に達します。
外のクッキー生地と砂糖のカリッと感、そして中のふわっと感は完璧でありました。

これまた余談で・・・More




More
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このところ、愚痴っぽいのかなーと自分自身について思います。

愚痴の内容は私的なことであったり、公的なことであったり、いろいろとあります。

このところ溜め込むことが多く、一部の親しい友人に会うと口からまけ出てしまうこともしばしば。

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不満とか、不安が根本的な問題の話しをしていて、打ち明けた相手の反応に後悔、もしくは悲しく感じてしまうということがあります。


聞き手側からの反応パターンとしてはいくつかあるんですけど、ひとつは

提案型
「それなら~したらいいんじゃない?」
「私だったら~するわ」
「忘れちゃいなよ」



全ての提案に対し、確実に否定的な返答が返せます。

なぜならそれは自分にはどうしても当てはまらない、それができれば苦労しない、という理想的な提案です。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

否定型
「ダメダメ、そんなの無理だって。」

この反応を受けると自分は更に理解を求めて饒舌になってしまうという悪い状況に陥ります。

自分自身を止めるには相手が否定を止めてくれないと。

これは非常に疲れることもさることながら、鬼のような虚しさでいっぱいになってしまう最も最悪なパターンです。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

押しつけ型

「~しなさいよ」


・・・。
完全に閉口です。

こちらが口を閉ざすと延々に続く人生哲学的なお説教。
実際にあった話で、この方は友人の配偶者であり、根掘り葉掘り質問されて会話を始めた際のことでした。個人的に友人と呼べる関係ではなかったこともあり、この方とは今後話題を選んで接することになりそうです。
(反撃っていう解消法もありますが、友人の夫婦間に亀裂を生じさせないためにも止めておこう(°°)

私との会話に時間を費やし場を共有してくれる友人たち、長い人生において一生付き合いたいと思う数少ない人たちであります。たぶん、今の自分の精神状態が上記のような会話にひどく傷ついてしまうだけであって、健康的な精神を取り戻したら上手に流してしまえるんだろうな、と思います。

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特に夏は苦手です。

うん十年以上生きて来て、確実なデータがあると言っても過言じゃないくらい毎年夏は不調であります。

、8、9月は特に精神面が絶不調、しかもまんまと絶不調に陥る外部要因も発生するという厄なシーズンです。

なるべく、この時期は気分転換のために旅行したり、趣味を増やしたり、と地味な個人活動を試みますが3か月間っていう長期継続は難しいわけで。

15年ほど昔も同じ精神状態で凹んでた時、Sちゃんという友人がおり一通り話を聞いてくれた彼女の膝に突っ伏して
世界中の人が
Sちゃんだったら良いのに」と発言し、周囲の友人たちに大笑いされたことがあります。

実は今も同じ気持ちですけどね。(Sちゃんは既に異国へ去ってしまいましたけど)

こういう凹むことがこのところ連続してます。

こうなると更に溜め込んでしまい、諦め感というか、ひどく孤独だと感じます。

なのでしばらく語らないだろうと思いますが、胃がちょっと痛くなり始めました。

誰の意見も提案も、ましてや否定されることも望んでいないんです。


You should not judge, you should understand...

偉そうにスイマセン。(某偉人のお言葉なので偉そう感は許して)

この偉人の発言を目にし、まさに自分の心境と合致してしまいました。

受け止めて欲しいんです。ただ時間が過ぎるのを見守ってください。

そんな気持ち、です。

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またぼちぼち気温が上がりつつあります、15度くらいまでは上がるかと。
旧住居で公園通いしていた際に知り合った猫友のAさん、犬猫にも人にも情の厚い素敵な女性です。
平日でもよくご自宅にお招きくださり夕飯をご馳走になります。

以前もよくお話してくれたのが彼女のルーツについて、彼女のご両親(父上は昨年夏にお亡くなりになりました)は幼少当時クリミアから強制追放させられたクリミア・タタール人であるというお話。
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1944年にスターリンによって行われたこの政策、多くの人たちが亡くなりジェノサイドとみなされています。

近年もちょっと騒動がありましたけど、このクリミア半島のある立地というのが特に軍事的に魅力的だという理由で過去何度も戦火にのまれた場所でもあります。
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Aさんは2011年当時、ご両親を連れて先祖を偲ぶ旅にお出かけになったとか。
今は亡き父上は大層感慨深くこの地を再訪したようです。



父上は追放された当時は幼く、家族そろってルーマニアへ移住します。
ルーマニアには長く滞在せずブルガリアへ移住、その後にトルコへ移住し現在に至るということです。
母上はクリミアからルーマニアへ、その後トルコ入りしているとか。

「ルーマニアはどうも好きになれなかった」

当時も今もそうですが、離れて正解と感じますね。
タタール系トルコ人は国内では大きなコミュニティを形成しており、未だコミュニティ内での助け合いも多く独自の文化を語り継いでいる様子です。

Aさん親子に私のルーツについて尋ねられ、そういえば2年前にこういうネタにのめり込んだ時期があったなーと回想。
当時と同じく、家系図などが無いと道民ってルーツが謎。
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※後から知ったのは、当時男児用にお洒落着がなく左から二番目の坊主頭は祖母ので訳わかんないまま着飾られた男児であると判明。
とにかく、父方も母方も養子が数名いたようなので更に訳わからない感じで、物的証拠はないけれど肌で感じよう・先祖という企画にしてます。



寝床に入って、まじまじと考えてしまったのは初めて北の地へ移住を決めた先祖の「開拓精神」というもの。
この部分だけが子孫である私に色濃く引き継がれた部分であることを痛く感じ入る今日この頃。
元を質せば「なんで今ここに?」というえらく基本に返った疑問ですが。
この国での生活を決意した当時を振り返り、なんも考えてなかったよ、ということは絶対ないから。
当時の年齢それなりに気持ちあってのことです、あとは一抹の不安。
ただ若さからくる勇気と希望は今以上にあったことは確か。

さて、北の地へ移住しようと決めた先祖のキモチとは如何なるものか。
子孫が言うのも何ですが、たぶん似てるんじゃないの?と。笑
但し先祖は一家総出とか、着の身着のままでなかったことは確か。
いやー、自分が先祖なら自分のような子孫ってどうよ?と思うわ。凹



再びAさん一族の話題に戻りますが、彼らは自分の意思で故郷を離れた人々ではなく、あくまで強制的という悔しさを未だ抱えた民族であろうと想像しますが、当時を語る人はもうこの世に少なく(Aさん祖母は94歳で大往生)昨今ではシリア難民も現実には多いので、この手の国を離れるという現実はユダヤの民を始めとし今後も続いていくのではないかと感じております。

自分個人の話としては、開拓する土地を求めて来たわけではないのですが、まだ途上にあると感じてます。
もうしばらくこの地での修業は続くかなー。

※最近、帰宅途中で顔を覚えられ毎日一個づつ犬クッキーをあげるようになったら更に懐いてしまった知らないお宅の飼い犬。
鉄格子越しにお互いを愛する仲、です。
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もっふもふ。毛



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あれから5年です。

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未だに行方不明者が多くいらっしゃること、心が痛みます。

今日だけじゃなく、今後も忘れてはいけないのです。
辛苦の中で、子を産み、育て、生き続ける。

人間に課せられた今生での使命ではないだろうか、と思うのです。




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皆さんはストリートビューってご利用されたことありますか?

初めての土地に出かけるときによく利用します。
立体的に、しかも画像が見られるので道に迷うことがなくなりました。

先日、別件で地図検索していたところ、地図を拡大した際に懐かしの公園が目に入り、その瞬間にびゅーっんと飛んでしまいました。笑
この突き当りが我が家だったなー。

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カーテンがあり、確実に自分が住んでいた頃。

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調べると2015年10月とありました。(さすがに時間は記載なし)

あー、懐かしい・・・。

そう思ったら足は(?)ついつい公園の方向へ。

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おや?
突き当りに何かしら小さな影が二つ。。。

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カン太????!涙
こんな風に再会できるとは夢にも思ってなかったわ。

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連れのゴロちゃんはちょっと臆病で近づくと逃げるんですが、なぜかこの2匹はウマが合うようでいつも一緒。
猫の白ちゃんも探しましたがさすがに見当たらず。(彼女の定位置を必死に探しましたけど不在)

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公園へ向かうも

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中に入れないもどかしさに悶絶(基本的に道路と認識されるものしか移動不可能)

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この日は市場があったらしく月曜であることが判明。

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公園を横目に仕方なし一周し
帰りました。爆

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ちなみに2014年1月まで遡ることができましたが曇り空で、カン太は見当たりませんでした。

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あぁ。。。何やってるんだろう、俺。。。。暗








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佐藤初女さん

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今月の一日に94歳でお亡くなりになられました。
この方を知ったのは95年、
地球交響曲第二番でのこと。

90年代、この時代は今振り返ると不思議な時代であったなと。
自分自身も若かったし、バブルが弾けた衝撃の中で何かこう、空虚なものをひたすら感じていて、でもそれはたぶん自分だけではなかったんではないかなぁと思う。
こういった映画や活動、宗教や思想が物凄く求められていたような気がします。

この地球交響曲は上映の為にボランティア団体が活動しており、今となっては記憶が定かではないんですが自分
その中にいたりしました。笑
結局はこの団体の空気になんとなく違和感を覚え監督である
龍村仁氏に手紙を書き、いち映画ファンとして応援しますという内容に達筆な返信を頂いたことが2度ほどございます。

この佐藤初女さん、個人的にとても感銘を受けた女性です。
容姿が自分の祖母にそっくりだった、ということも多分に影響してますけど(笑
若かったんです、自分・・・どうしても彼女に会いたくて当時電話で彼女とお話したことがあります。

彼女がいる
森のイスキア


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ここはある種の福祉施設的なものでしょうか、そういう印象があるのはここを訪れる人たちは元気になりたい、と願う人々ということ。
そんな人たちに美味しいオニギリを丁寧に握り、美味しい食材(決して高価なものではない)を使った季節の手料理で一緒に食事をするという。

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なぜかここを訪れた人たちは皆元気になって帰っていくという。

そんな彼女も若いころに患った大病から命の大切さと食について深く感じ入るものがあり、クリスチャンということもありますが奉仕の心に目覚められたという経緯がおありです。



私が電話した時、最初に対応してくれた方からは訪問の希望をやんわりとお断りされました。
たぶん単なる映画ファンで深刻な心の悩みを抱えていないと(実際そうかも知れません。笑)
ちょっと悲しくなったんですけどね、若かったこともあって相手にしてもらえてない悲しさのような。
どうしてもダメでしょうか?と言うと電話口でちょっとお待ちください、と代わって対応してくださったのがこの佐藤初女さんでありました。

「来て下さい、いつでもお待ちしておりますよ」

この言葉に本当に救われたような気持ちになったこと、今でも鮮明に思い出します。
お礼を言って、結局は仕事の調整がつかず実現されぬままとなりました。

あの時は、行く必要性を感じたんです。
ただ若さの勢いというのも手伝って、上記のような流れとなりましたが、初女さんという存在の大きさを感じる出来事でありました。




心から、ご冥福をお祈りしたいと思います。





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明けましておめでとうございます。
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実はまだ年を越す前に書いておりますので実感ないんですが、正月2日目はまだI市の友人宅に滞在中の予定です。

初夢について
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実際には31〜元旦にかけての夜に見た夢、と言う地方と元旦〜2日、2日〜3日という説もあり、要は正月三が日の間に見る夢ってことです。
皆さん、どんな夢を見たでしょうか?


今年のモットー、ここ数年ずっと似たようなことなんですが


流れに任せる。

書き初めにしたいくらいです。(筆くれ)
もう若くないので、ある程度の波が来ても乗りこなせるサーファー魂は培っておりますが、大波にはやはりいくつになってもちびるものです。
でもいいんです、ちびっても。
(水中でちびっても怖くない、という隠喩でごまかしますが)

あと他に、昨年は心身ともに物質的&精神的に断捨離しております。
これ以上、増やさぬようある程度の垣根を巡らせております。
自分が最も尊敬する建築家にミース・ファン・デル・ローエがおります。
特に彼の造った建造物云々が好きとかじゃなく、彼の伝記を読み共感する部分が多いと感じたのが二十歳の学生当時。

less is more
(より少ないことは、より豊かなことである)

歳を重ねる毎、身に纏ったものをひとつずつ脱ぎ捨てたいという願いがあります。
一度はこの国に来た時、スーツケースひとつ分というまさにLESS状態に辿り着いたのですが、年々持ち物は増え、しがらみや贅肉も増え、、、増えっぱなしで重いです。

最小のものでより豊に。
まずは贅肉の削ぎ落しから実施したいなー。
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※イスラム国の初日の出。









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